石井 克人 監督 2004年カンヌ国際映画祭 監督週間オープニング作品 by ise |
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春野家の人々 (左より) 父ノブオ、長女幸子、長男一、母美子、 スーパー・オジイ・アキラ、そして 母の弟・アヤノ叔父さん |
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「少年の額を突き抜けて走り去る電車」「巨大化した自分の分身が自分を見つめていることにいらいらしている小学生の少女」、そんなシュールな絵を予告編で見た。ヘンな叔父サンやハイパーなジジイも出てくる、家族の物語なんてちょっとおもしろいかも…。そう思って見たのは公開翌日、映画の日で日曜、立ち見の盛況でありました。おもしろかったっす。途中、ちょっと冗長な箇所もあったけれど、オジイ(我修院達也)最高。ストーリーやキャラの前知識ほとんどなく見たので、ただのボケじじいとしか見えなかったオジイの奇行ぶりが実は・・・とわかって「スゲー」となり、ラストはもう滂沱の涙でありました(笑)。”ずずっ”とすする茶の味・・・いいもんです。 |
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満開の桜の花びらが風に舞う堤。川はおだやかに流れ、夢のような日本の里の春の原風景。春野家の人々は縁側で茶をすすりながら春の日差しにゆるゆると包まれている。高一の長男ハジメ(佐藤貴広)。小学一年の幸子(坂野真弥)。催眠療法士の父、ノブオ(三浦友和)。台所の机でなにやら紙にデッサンしてはパラパラめくっている母美子(手塚理美)。その母にカンフー・ポーズを取って見せる異常に元気なアキラオジイ(我修院達也)。そしてふらりと遊びにきた(らしい)美子の弟アヤノ(浅野忠信)。 |
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ストーリーが進むにつれ、この家族それぞれがそれぞれに「もやもやしたもの」を抱えていることがわかってくる。思春期真っ只中のハジメは好きになった女の子に告白もできない、内気な囲碁好きの高校生。 芽生え始めた自我を「巨大な自分」が自分を見ている、とわずらわしく思う小学生幸子。 母はアニメーターとして復帰できるか否かの課題に取り組んでいたし、父はそんな母に取り残されたようなさみしい気分。 アヤノもまたふられた相手を未だにふっきれずに引きずっている。 ただひとり、オジイはカンフーの真似をしたり、音叉を耳にあてて音程を確かめたり、幸子やはじめと遊んだり、異常に元気なのである。ハイパーなボケ老人かと思う。 |
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転校生アオイ(土屋アンナ)に一目ぼれし、彼女が囲碁クラブに入ることを知ったハジメはウキウキしていつもは電車通学なのに自転車をこいでウチまで帰ってくる。はじめも囲碁が好きで父との対戦でかなり鍛えられていたので、なにかきっかけが掴めそうな気がしたのだ。このハジメの恋をタテに、さまざまな劇画的シーンがちりばめられていて、くすくす笑い、爆笑、ひりひり笑い、くっすん笑いがあちこちで起こってくる。 |
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アヤノ幽霊目撃事件、ハジメのニセ・ラブレター事件、コスプレ・マニアのおかしなコンビ。父ノブオの弟で漫画家の轟木(轟木一騎)とそのアシスタント、地元のヤクザ(栃木893ナンバー車に乗っている)、ハジメのクラスメイトたち。ひとり川原でパフォーマンスするダンサー(森山開次)。絵巻物、鳥獣戯画のように時間軸のまわりに色々なエピソードがくっついていて、シュールなのだ。 |
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季節は春から初夏へ… ハジメはついに恋を実らせる。囲碁クラブに入った彼は放課後、あこがれのアオイと2人きりになり一局対戦することになる。「こんな風にアオイと一局やるのがずっと夢だったんだ」ハジメは告白する。「じゃ毎日やろうよ」アオイはまっすぐに答える。…それを顧問の先生がシーツの陰になった机のところで聞いているのだ。そしてうれしそうにしている。(以後、顧問の先生は放課後の練習時間になぜか部員たちにお茶を淹れてやるようになる。)土砂降りの中、2人は相合傘で帰る。アオイがバスに乗りこむと、傘のない彼女にハジメは傘を投げてやる(男の子!)。そして自分はびしょぬれでアオイの乗ったバスをいつまでも見送っている。 一方幸子は逆上がりができるようになったら、大きな自分がぱっと消えてしまうのではないかと思い、今はもう使われず、草ぼうぼうの荒れ果てた元公園の鉄棒で、誰にも言わずひとりでやってきて練習をはじめた。マメがつぶれるまで練習するが、なかなか成功しない。オジイはそんな幸子を草の陰からじっと見ている。かと思うと自室にこもって誰も入れず、なにかを一心不乱に描いていたりと相変わらず自分の世界に没入している。 |
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ようやく母美子の試作が完成した。オジイの協力もあって(ここではじめてオジイがかつてアニメーターだったことを知った。ヘンなカンフーもアニメの動きを研究するためだったのだ。)いい評価を得、復帰できることになった。父ノブオはしみじみと喜ぶ。一家のもやもやが少しずつ晴れてきたそんな初夏のある日、オジイが突然死ぬ。自分の部屋で大の字になって昼寝しているかのような姿だった。 |
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葬式が終わって、家族ははじめてオジイの部屋に入ってみた。 そこで「美子」と書かれたスケッチ・ブックを見つける。 そこにはいつか雨の日に幸子を迎えにいったときの美子の姿が描かれていた。しかもよく似た絵が何枚も。 アニメーターの美子はすぐにそれが「パラパラ・アニメ」だと気づく。 それは美子が明るいレインコートを着て傘をさし、虹のように美しい風景のなかを歩いている姿だった。 オジイは見事に女性としての初々しい美子をとらえていた。 そして「ノブオ」のスケッチには彼が少年の日、運動会だろうか、リレーで転ぶが、また起き上がって走り出す姿が描かれていた。 「ハジメ」には囲碁、囲碁と歌いながら満面に笑いを貼り付けて自転車で走って帰ったあの日の姿、 そして「幸子」には笑顔で手を振り、見事に逆上がりを成功させるにこやかな姿。 |
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このオジイの「遺品」、家族へのプレゼントにはもう涙が止まらなかった。スケッチブックからオジイの愛がどっとあふれ出てきた。オジイはいつも家族を見守っていて、それぞれの一番すばらしい「シーン」を画帳に遺したのだ。しかも動く自分である。幸子はオジイの絵のとおり、逆上がりを見事に成功させる。巨大な自分からようやく解放されたのだ。終始ぼんやりともの思いにふけっているような幸子が最後に思いきりうれしそうな笑顔を見せてくれる。オジイがスケッチブックに描いたとおりの、輝くような笑顔だった。 |
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この風景の中に入って一緒に縁側にすわって茶でもすすっていたら、小さな葛藤、悩み、迷い、いろいろあるけれどなんとかなりそう、と思えてくる。 もちろん現実にはなんともならないのだが、少なくとも画面を見ている間に、だんだん顔がおだやかになっていったような気がするのだ。 オジイを演じた我修院達也、最高でした。この強烈なオジイのおかげで、「茶の味」は心に刻まれました。しかしキャラ名アキラって…(笑)。 寺島進、武田真治、中嶋朋子、などがゲスト出演、CM、アニメーション界からの出演も多数。 |
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父に | http://www.chanoaji.jp/ |
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2004/8/11 | ||
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